スポーツ立国論

スポーツ立国論

はじめに

総評

 スポーツがもたらす様々な効能について整理し、主に経済的側面における欧米の成功事例をもとに、日本をどうアクティベートしていくことが必要かというアイディア・提言の詰まった一冊です。世界各地で実際に起こっているファクトに基づいた内容で、実現には多大な努力を伴うものも少なくありませんが、スポーツで切り拓く明るい未来に向けて挑戦する価値があるのではないかと思わせられる情報が集約されています。

こんな方にオススメ!

・スポーツビジネスに興味関心のある方

・スポーツ興行に関する理解を深めたい方

・学生スポーツ未来について理解を深めたい方

著者紹介

 著者の安田秀一さんは、米国アンダーアーマーの日本総理代理店である株式会社ドーム代表取締役CEOとして有名な方です。1969年に東京都に生まれ、様々なスポーツを経験した後、高校時代にアメリカンフットボールに打ち込まれます。法政大学に進学後もアメリカンフットボールを続け大学日本選抜チームの主将も務められました。卒業後は三菱商事に入社した後、1996年に株式会社ドームを創業されます。アンダーアーマーの日本市場開拓を続ける傍ら、アメリカ・ヨーロッパのスポーツビジネスに関する調査を開始し、日本スポーツ界の改革に向けた提言を続けられています。

ポイント解説「ここを読め!」

①スポーツの「3つの本質的な価値」

 本書の中で、スポーツの本質的な価値は
1:地域経済・内需・雇用拡大【経済】
2:未来を支える人材の育成・開発【教育】
3:健康増進・社会保障費削減【健康】
であると紹介されています。これは筆者が代表を務める株式会社ドームが定義するものでもあります。

それぞれの特徴については以下のような説明がされています。
1:経済
→スポーツには経済を動かし富を生む力が備わっていて、特に地域経済を活性化することで内需を創造し、雇用の拡大につながる。スポーツビジネスの基本はローカルへのロイヤリティを喚起し経済を作り回していくビジネスモデルで内需を作り出す為替や海外醸成などの外的要因に左右される可能性も低い。

2:教育
→文武両道は日本人にとって最大の賛辞の一つ。人材育成・開発という幅広く奥深い目的を達成するためには、机の上だけでは難しいことも既に明らか。少年野球やサッカースクールでもスキルだけを学んでいるのではなく、挨拶などの礼儀や集団の中での自己形成など教育的な側面の効果も期待され、指導者も応えようとしている。スポーツは日本の人材育成における重要な社会基盤を担っているという実態から価値を明確にし、社会的に正当な評価を与えていくことが重要。

3:健康
→運動不足と生活習慣病の関係は深く、スポーツの習慣が社会に浸透することで膨れ上がった社会保障費は確実に削減できると期待されている。幼少期から運動する習慣がある人とない人とでは成人後の医療費において年間約30万円ほどの差が生じるというデータにも示されるように、スポーツと健康は密接な関係にある。

②アメリカスポーツのガバナンス

 アメリカのスポーツのガバナンスは3つに大別されると紹介されています。

1:プロリーグ型
→MLBやNFLなどのプロスポーツチームが該当し、各チームオーナーが平等な議決権を持ってコミッショナーを選出し、コミッショナーがリーグ運営を行う形。

2:学生スポーツ型
→NCAA(全米大学体育協会)で知られる学生スポーツガバナンスの基本は、部活動を学校正規のプログラムとした上で、参加する学校同士でリーグ編成やルールを定め、学校が試合自体を運営する形。

3:オリンピック(アマチュア)スポーツ型
→連邦法による義務と権限が定義されている「USOC」が管轄するオリンピック競技を中心とした競技団体による統治の形で、NGB(National Governing Bodies)と呼ばれる競技統括団体はUSOCの設置根拠となっている法律に準拠した組織と運営を義務付けられている。

プロスポーツと学生スポーツについては、参加者が平等な権限を持って民主的にルールを定められるという点では本質的に同じガバナンスと言えます。
対してアマチュアスポーツ(特にオリンピック種目)においては専門の連邦法が制定され、国家によって管理監督されているという体制になります。

対して、日本スポーツのガバナンスはどうなっているのでしょうか。
NPB(日本野球機構)はMLB同様の民主的なガバナンス体制となっていますが、その他の多くのプロリーグは上記のガバナンスとは異なります。
多くは一般社団・財団法人法に準拠した「評議員会」「理事会」などのあらゆる関係者が混在する組織が最高意思決定機関となる階層構造を持っています。
一見するとガバナンスが効くようにも見える体制ですが、それぞれの人事に関する定款を読み解くと、評議員と理事を互選する形や具体的な選任方法が明記されていないなど、一部の方々に依存しやすいリスクが潜む構造で、民主的な運営として互いが互いを監視しあえて組織を高めていく環境としては整備が十分でないと言える部分も存在するとされています。

③学校スポーツで稼ぎ「教育」をアップデートする

 本書の中では教育活動の一環である部活動を活用してビジネスを促進させることに対して肯定的な意見の少ない日本の考え方と、アメリカで進んでいる学生スポーツビジネスの発展を並べて紹介されています。本記事ではそのアメリカにおける学生スポーツビジネスのポイントを整理します。

アメリカの大学スポーツ市場規模は約1.4兆円とされています。比較対象としてはリオ五輪で7人制ラグビー金メダルを獲得したフィジーの国全体のGDP(約5,500億円)が記載されており、単純な数値比較で言えば学生スポーツだけで一国のGDPの2.5倍の市場規模ということになります。(もちろん、国の発展レベルや規模感を加味すると異なる視点も存在して然るべきだと思います)

アメリカの大学スポーツを統治しているのはNCAA(全米大学体育協会)と呼ばれる組織です。このNCAA設立の背景は決してポジティブなものだけではありませんでした。当時のアメリカでは自然発生的に生まれた同好会同士の試合が行われるようになってきた中で、ルールや運営に関する整備が不十分で必要以上なエキサイトを引き起こし危険なプレイや事故が頻発したため、大学スポーツを禁止する必要性について議論が行われていました。しかし、ルーズベルト大統領(当時)が大学学長と協議をする中で「競技を通じた若者の成長」「学友を応援することでの母校愛の情勢」などの価値を守るために組織が立ち上がりました。

 さらにアメリカの各大学にはアスレティックデパートメント(AD)という部署が存在します。適切な日本語訳は存在しませんが、本書では競技スポーツ統括部という表現を用いています。そのアスレティックデパートメントが中心となって試合のための会場を用意し、集客の努力をする役割を担います。ホーム&アウェイのルールが存在するため、大学ホーム開催興行における収入が存在し、頑張れば頑張るほどに大学側は様々な果実が得られる仕組みとなります。その果実を元手に、教育環境の充実・更なる大学スポーツの発展を目指していくという取り組みが紹介されています。

まとめ

 今回ご紹介した「スポーツ立国論」ですが、”ファクトベースの一冊です”と筆者が冒頭でも述べているとおり、各国のスポーツに関する取り組み事例が数多く取り上げられており、読み応え十分な一冊です。総論にも記載しましたが全てを実現していくためにはハードルも存在しますし、既存文化との適合性など、単なる模倣だけで成果に直結するほど容易いものではありませんが、TOKYO2020を契機にスポーツによる経済波及効果への注目度は格段に変化している今こそ、まずは世界の取り組みを知ることから始めるためにもオススメさせていただきます。

購入リンク

Follow me!

経済カテゴリの最新記事

PAGE TOP